夫婦・家族問題

熱血先生の指導が合理的な今時の子供に理解されないワケを考えてみました《体験談》

子供に対する教育について考える時があります。

それは、家庭によってバラツキがあるので、それが学校教育という集団になると一層難しいんだろうなと思うことがありました。

私の子供は地域の公立の小学校、中学校に通っています。

小学校の時は学校側も割とおおらかな教育方針でしたが、中学生になると突然、教育・指導が厳しくなりました。

何が厳しいか?というと、髪型や服装などの校則、勉強、外での振る舞いなどその指導は様々な面に向けられています。

その中でも特に厳しいのは、髪型や服装に対してです。

そして、その厳しい指導を目の前にして当たり前のように受け止めている子供達がいます。

私は田舎で育ったので、少し前に流行ったようなやんちゃな感じの生徒たちもいました。

それが、子供達が通う学校には羽目を外すような子はあまりいないように感じます。

子供なのに「すごく大人だな」と思います。

学校と学校以外をきちんと使い分けている印象です。

しかし、その使い分けは必要なものなのかな?と感じる事があります。

以前に息子が

《髪が耳にかかっているから切ってくるように》

と先生から何度も言われたと、帰ってきたことがありました。

私は息子の髪が耳にかかっているようには見えなかったので、意図する事が理解できず子供にハサミを持たせ先生に切ってもらうよう伝えました。

翌日、子供から聞いた話だと

《2、3本の髪が耳にかかっていた》

という指摘だったというのです。

たとえ髪の毛数本であろうと、耳にかかっているのならそれが『気の緩みだ』と言われればそうなのかもしれません。

息子の反応はというと、

「1時間説教を受けたが納得できない」

というものでした。

「でも反論しないで帰ってきたのなら、間違いだと認めたという事でしょ?」

と言うと、息子は

「間違いを認めないと説教が2時間になる」

と返してきました。

『ああ、子供ながらに色々な駆け引きをしてるんだな』

と感心はしたものの、自分の疑問を先生にぶつけることをせずに、ただ《説教を早く終らせる》目的で反論しなかったことに物足りなさも感じます。

自分の疑問をぶつけていれば、先生は言葉を変えて息子に分かる言葉で伝えたかもしれません。

そういったやり取りがなかったので、本質的に先生が言いたかった事は息子に伝わったのかは疑問です。

私は息子に説教をした先生は、子供思いのいい先生だと思っています。

熱量のある先生で、子供達がその先生から学ぶべき点はたくさんあるように思います。

一方で、息子の印象は私とは違います。

違って当たり前なのかもしれませんが、息子には

《関わってくれる大人をどこかでリスペクトをしていてほしい》

と願っています。

彼も大人になれば分かる部分もあるでしょうが、目先の損得勘定だけで先生方のいい部分を見逃してほしくないように思います。

学校のような教育現場では、教える側もやりにくさと言うか様々な問題を抱えているかもしれません。

ですが、子供達が学校で過ごす時間は長いようでも後で振り返るとあっという間です。

子供にとっても教える側にとっても、何もせずお互いが何も感じないままやり過ごすにはあまりにももったいないと思います。

打算ではなく、お互いが前を向ける学びの場であってほしいなと願います。