役立つ雑学

読書で「幸せの連鎖」を手に入れよう/40代が川遊びをして気付いたこと

生きる意味が分からず苦しんでいた頃、ある本で出逢った言葉が

「人は皆、幸せになるために生まれてきた」

という言葉でした。

詩人か学者か誰かは忘れましたが有名な人の言葉でした。

最初にこの言葉を見た時、かなり落ち込みました。

仕事もプライベートも上手く行かず、当然のごとく貯金もないし半ば自暴自棄になっていたからです。

「幸せになることが生きる目的なら、俺の人生はもう詰んでる」

と考えたのです。

 

“こんな惨めな気分になるなら本なんて見なきゃ良かった”

当時は後悔したものです。

 

お金をたくさん持っていない人は”負け組”なのか?

TVやスマホ中心の生活になると、購買意欲や消費意欲をかき立てられる情報に溢れています。

そして、お金をたくさん稼いでいる「成功者」「勝ち組」と呼ばれる人たちの意見が世論を代表しているような扱いをされているのが分かります。

このような社会で生きていると、「お金をたくさんもっていない人」はまるで

“人生の負け組”

のように感じます。

職場の同僚や友人など自分の周りの人たちが、自分よりも”お金まわりが良い“ように感じてしまい卑屈になっていました。

表面上は楽しそうに話していても本心では心を開いていなかったのです。

こんな考え方では益々、大事な人たちと距離ができ孤立して「幸せ」とは真逆の方向に向かっていくのではないでしょうか?

 

幸せを手に入れる方法とは?

一方で、そんな自分の心を窮地から救ってくれたのも本との出逢いでした。

本を見て落ち込んでからしばらく読書していなかったのですが、とある書店の棚に目が行ったときに

「自分だけの幸せを見つける」

というタイトルが目に飛び込んできました。

 

本の中には、

“世間や他人の価値観に流されたら自分の幸せは掴めない”

という文句があり、”自分の幸せを手に入れるための方法”がアドバイスされていました。

その方法の1つには、「自分が本当に好きなことを思い出す」作業がありました。

年齢や世間体に惑わされず、心から「楽しい」と思えることを見つけて行動してみるというのです。

本から教えてもらった「好きならやれば良いじゃん!」

僕の場合、真っ先に思いついたのが子供の頃、夢中になっていた「川遊び」です。

主に川の中へジャブジャブ入って網で小魚やザリガニを捕まえることです。

今では「ガサガサ」と言う人も多いようですね。

子供の頃は友達と時間を忘れて夢中になってやっていました。

 

大人になってからも当時を思い出し「あの頃は楽しかったな」と物思いに耽ることもあったのですが、その後に続く言葉は

(今じゃな~んにも楽しいことがないよ…)

だったのでしょう。

何とも悲しいことです。

 

この本と出逢ってから「今でもやれば良いんだ!」という気持ちになりました。

それまでは、やはりどこかで心にブレーキがかかっていたのでしょう。

だって、この年(40代)ですよ?

大の大人が一人で川に浸かって中腰になりながら網でザリガニを捕まえている姿って恥ずかしくないですか?

ようはそういった世間体を気にし過ぎて、自分の本当にしたかった事に蓋をし続けた結果が今の自分だ、と気付いたんです。

 

それからはスイッチが入りました。

網や長靴を購入し半径1時間以内で行ける川や用水路など、ザリガニや小魚がいそうな場所へ行き(30~40箇所はいったと思います)存分に楽しみました。

ほんっと楽しかったです。

実際、やってみると人目はそこまで気になりませんでしたし、現地で子供や家族連れと思わぬ交流があったりして心が癒やされていくのが分かりました。

主体的な行動は「幸せな連鎖」を生む

ところで知ってました?

自分から起こした行動はその後も良い連鎖が続くんです。

僕もそれまでは知らないことでした。

教えてくれる人もいませんでしたしね。

 

夏から秋にかけてヤバいくらい「ガサガサ」を楽しんだ後、僕の心に心境の変化が現われます。

①自分でも生き物を飼ってみたい

②もっと自然の中にいたい

です。

 

川遊びで久々の「楽しい」瞬間を過ごせたので、この”思いつき”を実行することで新たな「楽しい」事に出会える確信が僕にはありました。

水槽やエアポンプ、水草やソイルなど必要なものを用意して自分で捕まえた魚を飼うようになったのです。

多い時では大小4つの水槽を同時に管理していました。

 

生き物を飼っていると、楽しさと同時に、その大変さが分かってきます。

水質は人間でいう「空気」のようなものです。

それは常に変化しているので、生き物が快適に過ごせる環境を整えてあげるには、その生き物にあった水質とその保ち方を勉強しなければいけません。

同じ魚でも顔を見れば寄ってきてくれる魚もいれば、怖がってエサも食べてくれない魚など、性格にも個体差があることに気付くなど新たな発見もあります。

大変な事は多いけど、ほんと好奇心をそそられます。

「自然への畏敬の念」が芽生える

魚を求めて行動していると、とうぜん自然の中に身を置くことになります。

この時間は仕事や日々の面倒な事を忘れさせてくれます。

川のせせらぎや風で木々の葉っぱが擦れる音、頭上で鳥が鳴いている音…最高です。

川の水の冷たさや裸足で川の中を歩く感触、乾いた土の臭いなど五感全てで自然を感じる貴重な時間になります。

 

魚を求めるうちに上流の方まで行くこともありましたが、木々が段々と高く大きくなっていき日光があまり差し込まない場所があります。

夏なのに空気がひんやりしていて、脇を見ると獣道も見えます。

さらに進んでいくうちに、目の前に「いったい何トンあるんだろう」と見上げてしまうほど大きな自然石が現われた時がありました。

現地で目の当たりにすると、その存在感は圧倒的です。

こっちは体力を削られ息を切らして頼りなく歩いているのに、とんでもない量の水流をどっしりと受け止めて少しも動じないのですから。

前述の獣道からもしイノシシが水を飲みにやってきたら…

きっと恐くて身動き一つ出来なかったでしょう。

それくらい人間は自然下では小さな存在なんです。

お金があるないなんて人間世界の話です。

どんなに裕福だろうが体力ではイノシシ1匹に勝てないのが人間という生き物なんです。

 

山登りを始めたくなる

川遊びで自然とふれ合う楽しさや畏敬の念を感じた僕は、とうぜんの流れなのか分かりませんが「山登り」をしてみたくなりました。

小中学生の頃、学校行事で登山があり、正直、大嫌いでした。

当時の僕はクラスメイトの中でも1.2を争うくらいの「デブ」でしたから、とにかく持久力がないのです。

デブにとって登山とマラソンは死刑宣告のようなようなものです。マジで。

良い思い出は何もありません。

 

大人になり”強制”ではないワケです。

ですが、行かなくともいいのに行かずにはいられなくなりました。

行きましたよ。

家から1時間ちょっと離れた場所にそびえる有名な山です。

細かな感想は省きますが、登って良かったです。

1シーズン合計で同じ山に10回登り、職場の同僚に山の魅力を語りたくなるほど、その魅力にハマってしまいました。

いつか別の記事に書きたいと思います。

 

おわりに

僕の心を打ち負かしたのは読書でしたが、”良い出逢い”から僕の人生を大きく「幸せ」にシフトさせてくれたのも本との出逢いでした。

TVやネットでは自分の運命を変えてくれる情報に出逢えない、と言いたいワケではありません。

しかしTVやネットではどうしても不要な情報も多く、1つの情報を深く掘り下げるとか、集中するという点では読書に及ばない気がします。

図書館なども活用すればそれほどお金をかけず、自分の人生を変えてくれる良書に出逢える可能性があります。

カバンや愛車に持ち込めばスキマ時間を有効に使えますので、決して無駄にはならないと思います。

最初は深く考えず、タイトルを見て「読みたい」と感じる本をペラペラめくるだけでも良いと思います。

「読みたい本を読む」という自ら起こした行動が、”幸せの連鎖”を生むかもしれませんよ?

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