オヤジの独り言

他人と比較しなければ幸せになれる!?教師からの教えを実践し気付いた事

筆者が小学生の頃、担任の教師が言った。

「他人と比べることをしなければ幸せになれる」と。

当時は、ふーん、そんなもんかね?

なんて適当に聞いていたのだが40年近く経っても記憶に残っているということは、当時から何となく気になる言葉だったのだろう。

 

実際、これまでの人生を振り返ってみると、その教師の言った通りだったなと思う。

生まれや容姿、遺伝など本人の努力だけでは決して埋められない他人との差というものがある。

それを初めて痛感したのは、中学時代の長距離走の時だった。

筆者は肥満児だったが、小学生の頃からずっと運動部で厳しい練習をしていたので、長距離でも「人並み以上には走れるだろう」と思っていた。

ところが、いざ走ってみると文化部、それどころか帰宅部の連中にまで遅れをとってしまう始末。

悔しかった。

(毎日、辛い練習を頑張っているのに、なんで帰宅部に負けるんだ…)

最初は自分に根性が足りないからだと思った。

それからはマラソン大会、陸上大会、体育の長距離走など、およそ走る機会があれば全て全力で走った。

心臓がバクバクして呼吸が満足にできない状態になっても最後まで手を一切抜かずに走った。

周りを見る余裕なんてない。

ゴールと同時にその場へ倒れ込んだ。

とにかく呼吸に集中しないと息ができない。

友人が声をかけてくれるが、返事ができずそのまま意識が遠くなっていく感覚。

ゴールして倒れ込んでいる人間なんて周りに誰もいない。

そう、たかだか学校の行事に本気で走る人はいないのだ。

明らかに手を抜いて走っている連中が筆者よりも先にゴールしている。

呼吸を整えてから順位を確認すると、筆者は半分より下の順位だった。

ショックだった。

 

こんな状況が中学生からその先も続いたのだが、大人になってからある本を手にした時にその理由が分かった気がした。

 

“運動能力、とりわけ持久力は遺伝によってほぼ決まる”

 

いくら努力をしても、成長する度合いは遺伝で大きく左右されるのだ。

もしかしてと思い、両親に聞いてみたところ、やはり二人とも運動は得意ではなかったと言う。

なんてことだ。

二人とも運動部に所属していたと聞いてたから運動が得意だと勝手に思い込んでいた。

とくに長距離走は二人とも足が遅くて大嫌いだった、らしい。

 

長年抱えていた重荷が取れた気がした。

自分の根性が足りなかったわけではなかった。

走ることに対してコンプレックスがあったが、

「もう仕方がない。だって両親も苦手なんだから」

そう思えるようになり、自分を責めることがなくなった。

 

40代になり20㎏のダイエットに挑戦した時、ジョギングがダイエット成功の大きな要因になった。

この気付きがあったから、走ることの抵抗感が薄くなっていたのだと思う。

 

「人は人、自分は自分のペースでできる事をやれば良い」

 

そう思えたからこそ、20㎏のダイエットに成功し、又その後の人生を楽に生きれているのだと思う。

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