私の主人はフランス料理店の厨房に10年以上いて、その後和食の板前に転身し現在は懐石料理店で働いています。
とにかくその腕は確かなものであることは間違いありません。
でも普段家では料理はしません。
主人は「私の手料理には勝てないから」と言ってくれます。
嘘だと分かっていても私はとても嬉しく思っています。
ただある年を境にクリスマスの日だけは主人が料理を振舞ってくれるようになりました。
その経緯について書きたいと思います。
私たちには子供はいません。
実は主人が無精子症と診断されてどうがんばっても私たちは子供を授かることはないのです。
それを知ったのが10年前のクリスマスイブでした。
それから暫くのクリスマスイブは私たちにとってその日を思い出す辛い一日になっていました。
ところが、ひょんな事で転機が訪れたのです。
主人のフランス料理店時代の友人の一人がフランスに留学して10年ぶりに帰国することになったのです。
向こうで私達と同い年のフランス人女性と結婚しました。
結婚式の写真を見ましたが本当に美しい白人女性です。
子供も4人いて私としては「全敗」という感じで絶対に同席したくないという存在でした。
それなのに、帰国が決まり早速クリスマスに我が家に来たいと言っているというのです。
断ってくれるよう主人に懇願しましたが、主人にとっては親友で「頼む」と頭を下げられ「自分も料理するから」というので渋々承諾しました。
奥さんや子供たちは日本は初めてということなので、やはり日本食が良いだろうということで懐石風にテーブルに出そうという事で予定していました。
約束の時間になり、友達と子供たちは駐車場を探しているということで奥様が先に手土産を持って来られました。
本当に美しい方で女の私でも見とれてしまう程です。
もう「桁違い」という感じで勝負する気もなくなっていました。
10分後くらいに玄関でガヤガヤ、ドタバタ騒々しい音がしてきました。
相変わらず豪快な主人の友達が「こんばんわ!」とドアを開けました。
その人とは15年前に会ったのが最後で、当時から大きい人でしたが、目の前にいる彼は倍位に身体が巨大化していました。
そしてもっと驚いたのが子供たちです。
全く白人の要素がなく、本当にお母さんはこの人なのか?と疑いたくなる”純正の日本人”という感じです。
しかも全員が父親に体形まで似ているのです。
上は高校生から下は小学校低学年位なのですが、「うちのリビング、こんなに狭かったっけ?」と思うくらいの迫力でした。
その迫力を見て、急きょ懐石料理から一皿てんこ盛りの料理にメニューを変更しました。
主人と2人がかりで台所に並び、必死に料理を出し続けました。
主人のお友達以外は日本語を全く話せないのですが、とにかく大きな声でフランス語で話ながらどんどんお皿を空にしていきました。
お友達も家では日本食を作っている、ということで幸い口に合わない料理はなくお腹いっぱい食べて帰りました。
私はこの日のために、美容院に行ったり新しい服を買ったり奥さんに何とか対抗しようと努力していました。
ですが、美しい奥さんの存在感など殆どなく、この一家は台風のように全ての食事を食べつくし帰って行きました。
私たちは一家が帰った後、用意していたとっておきのワインと主人の手料理を「やれやれ」と思いながらゆっくりと楽しんだのです。
「やっぱりこういうクリスマスがいいね」
と、2人とも言葉に出さなくても同じ気持ちであることは明らかでした。
それ以来、忙しい私たち夫婦のクリスマスの過ごし方は決まりました。
その日だけは主人の一流の料理を最高級のワインと楽しむ。
今では、クリスマスは大人の私たちにとっても毎年待ち遠しい日になっています。