オヤジの独り言

40歳オヤジの独り言「いまさら小学生の勉強ってどうなのよ?」の巻

自分もとうとう40歳を超えていい年のオヤジになってしまった。

他人から「ジジイ」と言われても笑えない年齢に突入だ。

この年齢になってくると、それなりの知識や常識、教養などもみにつけておくべきだったとは思うが今更後悔しても簡単には変われない。

人生、諦めも大切だ。

しかしあれだけやったつもりでも「やらされた勉強」っていうのは記憶に留まらず、また実生活で生かされた感覚もない。

自分がしてきたのは、”受験のための勉強でしかない”といったところか…。

 

小学生の頃から18歳に至るまで、散々苦手で嫌いな勉強をやらされてきた感がある。

そのためか成人しても「勉強」という言葉を聞くと、心拍数がかなりあがって呼吸も苦しく感じるような状況がしばらく続いた。

 

20歳以降、その呪縛からようやく解放されたものの、その先に待っていたのは、想像していたほどの楽しい生活ではなかった。

「自由」をはき違えて、友人達と色んな戯れをやったり危ない橋も渡ったりしたが「学び」や「成長」を実感できない生活は意外にも退屈だった。

 

先日ふと、小学生の頃にならった理科や科学などの教材をもう一度見たくなり、図書館から小学生向けのそれっぽい本を借りてみた。

「なぜお風呂に入ると手がふにゃふにゃになるのか?」

「なぜ空の色は青いのか?」

そんな子供が抱くような疑問に対して、分かりやすく誰もが納得できるような解説で答えている。

「面白い」

本を手にして最初に浮かんだ言葉がコレだった。

 

結局、家路についてすぐ本を開き1時間ほどで最後まで一気に読み切ってしまった。

40代にもなって小学生向けの本に夢中になるなんて…。

しかし、勉強ってこんなに楽しかったか?

 

今では2週間に1度くらいのペースで図書館に足を運ぶようになった。

1度に5~7冊ほどの本を借りてから、家で温かいお茶を飲みながらゆっくり読む時間が何よりの楽しみになっている。

読む本も「小学生向け」の本から、徐々に実年齢に近い内容とボリュームになってきている。

色んな知識を知るほど頭が冴えてきて好奇心も増幅していくのが分かる。

以前の定番だった晩酌する時間さえ今では惜しくなってしまい、おかげで酒代が浮くようになったのも嬉しい誤算だ。

 

さらに読書の時間をつくるために時間を大事にするようになった。

時間は誰にでも平等に過ぎていくが、その使い方を誤るとあっという間にやりたい事に費やす時間がなくなってしまう。

時間のマネージメントを意識するようになったことが仕事にも生かされている気がするのも気のせいではないかもしれない。

 

また、目的のない外出をしなくなった分、出費は減ったのだが運動不足になってしまった。

いくら好きな事でも毎日、家で本ばかり読んでいたら「手足が細くお腹ばかりが出てくる」というこの年代にありがちな体型に一直線だ。

 

対抗策で始めたのがジョギングと筋トレだ。

もともとこんな行動するタイプではなかったハズなのに、人ってこんなにも短時間で変われるものなのか。

なんだか、色々と楽しくなってきた。